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スペシャリスト−自覚なき殺戮者−
戦争のはらわた+ビューティフル・ピープル
ストーリー・オブ・ラブ
ラスト・タンゴ・イン・パリ 無修正完全版
ファンタジア2000
『スペシャリスト―自覚なき殺戮者―』は、エルサレムで行なわれた、アイヒマン裁判の法廷の記録映像を、ふたりのユダヤ人、監督エイアル・シヴァンと脚本ロニー・ブローマンが、2時間8分にまとめ上げた記録映画だ。
「映像を見て観客は、アイヒマンが普通の人間であるのに驚くだろう。彼は第三帝国の官僚として、自分の専門分野のユダヤ人問題に携わり、熱心に仕事に取り組み、上司の指示に従っただけ。自分の手では、ひとりもユダヤ人も殺していない。国家という組織のなかで、彼は何の責任も負わず、大きな犯罪をやらかした。これはナチだけの問題ではない。今も世界中で起きている現実だ」(ロニー)
画面に登場するアイヒマンはスーツ姿。SS親衛隊という言葉から受ける、エエ格好しいとは正反対。日本のオヤジ・サラリーマンのように情けない風采だ。
「そう。彼は職業人だった。国家のシステムのなかで、自分に与えられた義務を果たしただけだ」(エイアル)
一方法廷の映像は、アイヒマンを裁く側のイスラエルのユダヤ人の反応にも、中立的視線を投げ掛ける。
「確かにユダヤ人は、ホロコーストの犠牲者だ。しかしそれでイスラエルがパレスチナ人に行なっている迫害が正当化されるわけではない。すべての国粋主義・民族主義は、危険なものだ。だから映像を敢えて法廷内だけに絞り、そこからさまざまな側面を多様に描こうとした」(エイアル)
そんなナチの映像が、現代に生きる戦争を知らない世代に何を訴えかけるのか?
「アイヒマンやイスラエルを支持したり、糾弾したりするつもりで、この映画を作ったのではない。残虐な殺戮行為が、手を汚さない人間の手で実行に移された。当の本人は、それを"仕事"と受けとめ実行した。この事実を自分の目で見てほしい」(ロニー)
「シリアル・キラーものが好きな人に見てほしい。この映画では、本物の大量殺人者の素顔が見られる。滅多にないチャンスだよ」(エイアル)
映画のラストでアイヒマンはオレたちの鏡になる。本当に怖いものとは何かを描いた、今年屈指の名作と断言しよう。
(2月5日より、BOX東中野にてロードショー)
[集英社『週刊プレイボーイ』No.7,2000年2月16日号]
戦争のはらわた(1975,イギリス-西ドイツ)
★★★1/2
ビューティフル・ピープル(1999,イギリス)
★★★
第二次大戦中、ナチス・ドイツがはたらいた蛮行については疑念の余地はない。忘れてはならない犯罪だ。だが第三帝国の軍隊はナチの親衛隊と、それ以前からあったドイツ国防軍の混成舞台で、国防軍によるヒトラー暗殺計画があったことなどは、見落とされがちだ。
75年の英―西独(当時)合作『戦争のはらわた』は、「ドイツ=極悪非道」の公式を打ち破った、記念碑である。
東部戦線で上官から下されるメチャメチャな指示に、怒りを覚える兵士を『シン・レッド・ライン』より、名誉欲から将校が味方に銃を向ける姿を『プラトーン』より、戦争に心を食い荒らされた兵士が、再び戦地に向かう心理を『ディア・ハンター』より早く描き、その後の戦争映画の流れを変えた問題作なのだ。
しかも監督はバイオレンス派のサム・ペキンパー。戦場を容赦なく見せ描く映像は、今も衝撃力を失っていない。
一方、90年代を代表する戦争のひとつ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ内戦からの「蘇生」に取り組んだ『ビューティフル・ピープル』も、善悪の二元論を打ち破る逸品だ。
ロンドンを舞台に、内戦で心に、体に傷を負った移民たちが悲劇を克服し、前向きに生きようとするドラマには心を動かされる。これを絵空事と笑うより、絵空事を信じる勇気の方が大切なのだ。
是非二本、ハシゴで見ることをお薦めする。
(『戦争のはらわた』2月18日よりシネ・アミューズ、
『ビューティフル・ピープル』2月11日より銀座テアトル西友にてロードショー)
[集英社『週刊プレイボーイ』No.7,2000年2月16日号]
ストーリー・オブ・ラブ(1999,アメリカ)
★★1/2
秀作『恋人たちの場所』の10年後、というコンセプトの『ストーリー・オブ・ラブ』。「結婚15年目、ふたりの子持ちの夫婦の危機」と聞くと中年向けの題材……
ところが『スタンド・バイ・ミー』のロブ・ライナー監督が久しぶりに本領発揮、全編に夢を吹き込み、意外にも楽しい映画に仕上がっている。
勝因のひとつは、ヒロインにミシェル・ファイフーを迎えたところ。『グリース2』で本格デビュー以来、『恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』『バットマン・リターンズ』『エイジ・オブ・イノセンス 汚れなき情事』『アンカー・ウーマン』と、色気のある大人の女にハスッパな少女を両方演じてきた、年齢不詳のカワイサが、題材の中年臭さを見事に消し去った。
今回の役柄は、子どもの面倒見ながら料理をして、自分も仕事を持つ、最近のハリウッド映画の典型的女性キャラ。
この手の女が出ると、たいがい「そんなウマく人生、いくわけねえだろ」と突っ込みを入れたくなる。なのにミシェルが演じると、なぜかファンタジックな空気でスクリーンが覆われ、納得させられてしまうから不思議。これが映画スターの魅力なのだろう。
夫役は軽いコメディを演るとなぜか失敗するブルース・ウィリス。だが、今回はロブ―ミシェルのドリーム・オーラを浴びて、ちょっと情けないけど気のいいヤツを好演。
脇を固めるレッド・バトンズ、ジュディ・ハガティらクセ役者が、コメディのツボを押さえた名演・怪演を見せ、エリック・クラプトンの主題歌「アイ・ゲット・ロスト」が絶妙のタイミングで流れ、爆笑と感動の極上ブレンドを堪能できる。
ラストがかなり男に甘いのは大減点だが、その辺は良くも悪くもハリウッド。しばし愛の夢を満喫するのが正しい見方だろう。
既婚・未婚を問わず、デートで見るのにぴったし。バレンタイン・デー・ムービーとして、まずはお薦めの一本だ。
しかし日本にはどうして、"大人でカワイイ女優"ってのが、いないんだろう? つまらないなあ……
(2月11日より、丸の内ピカデリー1他全国東急・松竹洋画系にてロードショー)
[集英社『週刊プレイボーイ』No.6,2000年2月8日号]
ラスト・タンゴ・イン・パリ 無修正完全版(1972,伊-仏)
★★★★1/2
『アイズ・ワイド・シャット』のフヌケにがっかりしたキミ。真の「巨匠が描くエロティシズム」を堪能できる作品がついにヴェールを脱ぐ。
『ラスト・タンゴ・イン・パリ 無修正完全版』。これは、劇場でしか見られない。ビデ倫は映画のヘアを解禁していないので、この完全版はビデオ・リリースできない。
大スター、マーロン・ブランドと、当時20歳そこそこのマリア・シュナイダーが、冬のパリを舞台に、ふたりだけの部屋でヤリまくる映画だ。
72年の公開当初、アナル・セックスのシーンが問題となり、イタリアはじめ世界各国で上映禁止。日本ではメチャクチャな修正とカットの末に公開。80年代末のリバイバルでも、現行のビデオでも、展開上重要な、マリア・シュナイダーのアンダー・ヘア、クローズ・アップがカットされていた。
28年の時を経て、この伝説のスキャンダル映画が、世紀末日本に、全貌を表す。
ここに断言する。『ラスト・タンゴ・イン・パリ 無修正完全版』は、男のセックスの本質を映画で突くことに成功した、唯一の作品だ。この映画を越える?性の映画?は、まだ一本もない。
うらぶれたアパートの一室で、中年男と若い女が、互いに名も知らず、セックスに没入する。この設定はテレクラ―Hチャットが普及した現代日本で、かえって身近に感じられるかもしれない。
この映画は、いまのキミのスケベ心を映し出す鏡である。
「なぜオナニーをしたあと、男はムナシくなるのか?」「なぜ男は相手の女がイッたか、気になるのか?」「なぜ若い男が風俗にハマるのか?」「なぜオヤジは20歳前の女が好きなのか?」これらすべての問に、答が用意されている。
その先に待つ寂寥感を共有せよ。これは時の風雪を耐え、現代のキミの股間を経由して心と頭を撃つ、古典名作だ。
ベルナルド・ベルトルッチ監督、弱冠32歳の作品。映画音楽史に残る、ラテン・ジャズの鬼才、ガトー・バルビエリのススリ泣くテナー・サックスに心をえぐられるがよい。
この映画を見ずに21世紀を迎えることは許されない。
(1月15日より、シネ・アミューズにてロードショー)
[集英社『週刊プレイボーイ』Nos.1/2,2000年1月1日-11日合併号]
ファンタジア2000(1999,アメリカ)
★★★(『火の鳥』のみ)
『ファンタジア2000』と言っても、ミレニアム企画ではない。
90年代頭、ディズニー・プロが「往年の名作『ファンタジア』の新バージョンを作る。これはリメイクではない、旧い『ファンタジア』はもう公開しない」と発表、世界中からブーイングを食らった因縁つきの企画なのだ。
製作が遅れに遅れ、「ミレニアムにIMAXで」とイベント色の濃い公開となったが、専門家たちは「どうケナシてやろうか」と手ぐすね引いて待っていた、話題作である。 構成は旧作と同じく、クラシック名曲のアニメ化。映像に音をつけるのではなく、音を映像化する試みの、短篇オムニバスだ。
各パート、出来不出来があるが、それは伝説の旧作も同じだった。他が悪いからといって、良いパートの価値が減じるわけではない。
新作『ファンタジア2000』最大の見物はスバリ、全編を締め括る『火の鳥』だ。
キャラクター・デザイン・絵柄は一番ディズニーらしくなく、日本アニメ、特に宮崎駿と「マクロス」の影響濃厚。
だがこのパート、実は『もののけ姫』へのオマージュであると共に、痛烈な反論になっているのだ。ラスト、水の精が世界に春をもたらす様がIMAXの大画面を覆い尽くすとき、「21世紀を生きよう」と、腹の底からの感動が沸き起こる。
この十分のパートを見るためだけでも、劇場に足を運ぶ価値大である。
(1月1日より、全国IMAXにてロードショー)
[集英社『週刊プレイボーイ』No.5,2000年2月1日号]
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