Office NESHA presents movie guide
Mar./ Apr. 2005

目次
(この色の作品は★★★★以上獲得作品です)
レイティングは★★★★★が最高点。
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Little Birds ―イラク 戦火の家族たち―
海を飛ぶ夢
バッド・エデュケーション
エレニの旅
山中常磐―牛若丸と常盤御前 母と子のものがたり
コンスタンティン
コーヒー&シガレッツ
ねえ、マリモ(『いぬのえいが』の一編)
サイドウェイ
アビエイター
ロング・エンゲージメント



Little Birds ―イラク 戦火の家族たち―(2005,日本)
★★★1/2

  日本人のビデオ・ジャーナリスト綿井健陽はイラク戦争開戦2日前から約1年間、現地の状況を取材し続け、120時間を超えるビデオ映像を撮影。その膨大な映像を1時間42分にグッと凝縮、我々日本人にも戦争から内戦までの真の意味を鋭く突きつけるドキュメンタリーへと結実させた。
  開戦直前、現地の人が「日本はなぜアメリカに味方するのか? 孫子の代まで呪ってやる」と詰め寄る。そう聞かれた綿井は答えることができない。空爆が始まる。米軍によってふたりの娘を失った市民は、残った自らも近隣に落ちている不発弾の恐怖に晒されている。
  クラスター爆弾の破片が目に入った少女が半年がかりで現地で手術を受け、失明の危機は切り抜ける。家を空爆で破壊された市民は再建費用を請求しようと米軍事務所に出向く。米陸軍のバグダッド入りに、人々は「フセイン政権は最悪だったが米軍は最低だ」と抗議する…
  市民の反応やイラクの医療事情、戦争の犠牲や被害、後遺症など、日本で一般に報道されていることと食い違った実情が次々に登場する。マスコミ報道を鵜呑みに信じることの危険をもこの映画は訴える。
  その傍ら、米軍兵士に「なぜ罪のない市民を空爆で殺すのか?」と躙り寄る綿井。兵士は答えない。その姿は皮肉にも「なぜアメリカの味方をするのか?」と問われ、返答しなかった日本人=彼自身の写し鏡でもある。日本も戦争の当事国だという事実の重さが描かれる重要場面だ。
  戦争の、21世紀の現状を真正面からわしづかみにした傑作。今、最も見られるべき映画である。

[4月23日より東京・新宿  K's Cinema他にてロードショー]
[集英社『週刊プレイボーイ』 2005年 No.18  4月19日号]


海を飛ぶ夢(2004,スペイン)
★★

  船員として世界を回り、自由を謳歌していた若きスペイン人ラモンは、ダイビング事故で、四肢の自由を奪われる。以後海から離れたガリシアの農村で、20年以上ベッドに寝たきりの生活を送っていた。50代に入り彼は自分の自由意志で、死を選ぶ決心をする。
  イタリアと並びカトリック信仰の篤いスペインで、ただですら自殺は神に背く罪。しかもラモンは体の自由が効かないため、誰かの助けがなくては「自殺」できない。彼は「尊厳死」の権利を裁判所に訴え、人権保護団体や、弁護士たちと、精力的に動き始める。
  寝たきりとは言え、ラモンの表情は平凡な「健常者」より遙かに活き活きしている。家族の愛と手助けを受け、特別な装置で手記や詩を執筆。近所に住むシングル・マザー、ロサたちの相談に乗ったり、不治の病に冒された既婚の弁護士、フリアを口説き恋に落ちる……劇的で充実した人生を送っているようにも見えるのに、なぜ死ぬ必要があるのか?
  ラモンは船乗りだったときの話を語ることをためらい、当時の写真や思い出の品を見ることも嫌がる。恋したフリアに「君に触れることもできない」と呟き、独り寝室で「なぜオレは他の人々のように、自分の人生に満足できないんだ」と呻く。そこには体の自由が効いた頃の思い出ゆえに、20年以上思い出を「過去」とせざるを得なかった苦悩が浮かび上がる。その時、ドラマは身体の障害の有無を越え、生の燃焼を求める男の物語へと昇華する。
  監督のアメナーバルは今年32才。ハリウッド映画『アザーズ』まで、順調にキャリアを積み上げてきた、ヨーロッパ映画界若手監督でもトップ・クラスのホープ。過去三作品で”ミイラ取りがミイラになる”式、位相逆転ドラマを得意とする彼は、祖国に戻って手がけた、実在の障害者の手記に基づいた最新作にも、ある転回を用意する。
  ラモンを演じるのは30代前半の若手人気スター、ハビエル・バルデム。特殊メイクを施した顔立ちは、現実の50代より若々しい。彼の起用で、監督は現実のラモン・サンペドロの闘いから「老い」のテーマと、障害者ものにありがちな「重さ」を消し去った。
  この映画は、20年以上の闘病に疲れた男が死を願う物語ではない。若者にとっての「理想の生」のドラマと言えそうだ。光眩い撮影が監督の意図を増幅し、軽やかで輝かしいファンタジーとなっている。若さを最大の美徳の一つと考えるアメリカで歓迎され、アカデミー最優秀外国語映画賞を獲得したことも頷ける、題材に反して、若々しく溌剌とした魅力の一本である。
[4月16日より東京・日比谷シャンテシネ他全国ロードショー]
[メディア・ファクトリー『ダ・ヴィンチ』 2005年5月号より、一部改稿]


バッド・エデュケーション(2004,スペイン)
★★

  若き映画監督エンリケの前に、突然16年前の寄宿学校時代の同級生、イグナシオを名乗る若者がやってくる。二人はかつて淡い恋心を抱き合った初恋の相手。だが教師のマノロ神父はイグナシオの身体をレイプ同然にして奪い、二人の仲を裂くためにエンリケを放校した。エンリケは再会を喜びつつ、「俳優になったんだ。僕を映画に使ってくれ」と売り込むイグナシオに幻滅と失望を抱く。しかしイグナシオの肉体はあまりに魅力的だった。エンリケは彼との情事に溺れるが、イグナシオには裏に秘めた復讐の念と野望があった…
 『トーク・トゥ・ハー』のアルモドバル監督の新作のテーマは、SEXと裏切りと騙し合い。登場人物は一人を除き、愛のかけらも覚えず、欲望のままに相手の男を支配しようと、濃いゲームを繰り広げる。前二作になった「泣かせ」は皆無。ラテンの情念を原色中心の映像に渦巻かせる。監督がやりたい放題に自分の欲望を全開したかのような、ドロドロしたゲイの迷宮。濃い!

[4月9日より東京・銀座テアトルシネマ他全国ロードショー]
[メディア・ファクトリー『ダ・ヴィンチ』 2005年5月号]


エレニの旅(2004,ギリシャ―仏―独―伊)
★★

  作品評は近日up予定(『キネマ旬報』2005年4月下旬号)

[4月29日より東京・日比谷 シャンテシネにてロードショー]



山中常磐―牛若丸と常盤御前 母と子のものがたり(2004,日本)
★★★1/2

  鞍馬山に潜伏し、修行を終えた遮那王こと源義経は、仇敵平家討伐に出ようと、一路平泉を目指した……その知らせを聞いた母、常磐御前は、息子の顔を一目見ようと、侍従一人を連れて身をやつし、都を後にする。しかし途上、美濃の国山中宿で病に倒れ、伏せっていたところを盗賊に襲われ、非業の最期を遂げる。
  母を不吉な夢に見た若武者義経は、一路山中宿に向かい、母の墓を目にする。悲しみと怒りに燃え、宿屋の主人の協力を得て単身六人のむくつけき盗賊を斬り殺し、復讐を遂げるのだった。   戦国末期から江戸初期にかけて、謡曲や人形浄瑠璃として庶民の絶大な人気を博した『山中常磐』の物語。今は音曲も台本も失われ、実態は謎である。しかし江戸初期を代表する多才な絵師、岩佐又兵衛は、この浄瑠璃語りの詞書を讃として書き込んだ、全十二巻の『山中常磐物語絵巻』を残している。
  その全巻を、日本の記録映画界を代表する監督、羽田澄子が克明に撮影。更に絵巻の詞書に文楽の音曲士、鶴澤清治が新たに音曲を付け、三味線に鼓、笛、胡弓に打物(打楽器)を駆使し、波瀾万丈、豪華な音響世界を完成した。
  羽田監督はそこに平泉、山中宿など、ゆかりの地の実景を挿入。ひいては武家荒木家に生まれ、幼くして父を織田信長に討たれ、絵師として生涯を送った、岩佐又兵衛の生き様を、絵巻物に描かれた義経に重ね合わせる。
  又兵衛の描く絵巻は、やまと絵的格調の高さと、後の江戸肉筆浮世絵に通じるグロテスクを併せ持つ。盗賊たちに襲われる常盤の姿は、現在のマンガも顔負けの悪趣味とエグさ。母の仇を斬る義経の表情は、無念や怒りより、殺戮の歓びに歪んだ笑いすら浮かべている。そんな残虐性が、前半の常磐の旅路や後半の母を回向する義経の光景など、静寂を感じさせる気品と混在する様は異様ですらある。
  絵巻を追う名監督のカメラ・アイは執拗で、CGと別種の、力強い映像の快楽をもたらす。そこに清治の音楽が付くと、アニメよりもスリリング、オペラやミュージカルも敵わないゴージャスな興奮とカタルシスを生む。
  日本古来の諸芸術と映画のカメラが繰り広げるジャム・セッションは、全編壮麗なエクスタシーの大伽藍。歴史物好きも、NHK大河ドラマ『義経』で目覚めた人も、日本の歴史物を敬遠している人も、この豪華絢爛に法悦の一時を体験すること間違いなし。日本の芸術の凄さを全身で体験できる一本である。

[4月23日より29日まで東京・神保町 岩波ホールにて上映。以後全国各地にて巡回上映]
[メディア・ファクトリー『ダ・ヴィンチ』 2005年4月号より]


コンスタンティン(2004,米―独)
★★

 「またキアヌのヒーロー・アクション?」「今度もCGもの?」と侮るなかれ! 今年上半期、屈指の痛快アクションなのだ。
 主人公ジョンは自殺未遂の”天罰”で20年という期限付きで地上に復活、大都会LAで悪魔祓い、つまりエクソシストを生業とする。だが、期間満了で地獄に戻される直前、大魔王ルシファーの息子が人間界進出を狙い活動開始、人類の危機を救うべく彼が立ち上がる!
  タバコ1本吸い終わるまでに悪魔を地獄に送り返す、そのダンディズムがかっこよい。そのくせ、地獄行きを前に「もう少し生きていたい!」と、未練タラタラな情けなさもキアヌにドンピシャの設定だ。
  映像も予想以上の優れもの。悪魔が忍び寄り蠢きだす不穏な空気など、雰囲気作りに工夫を凝らした演出で、サイバー感覚&スピード勝負のノン・ストップCGとはひと味違う。「くるぞ、くるぞぉ…!」と、タメのあるワクワク感なのだ。
  もちろん、CGならではの見所も満載で、現実のLAが一瞬にして地獄に変わる瞬間は衝撃的。ゲームの「ファイナル・ファンタジー」を精緻で大がかりにしたようなヴィジュアル、大スクリーンでないと味わい尽くせない技がキマッている。
  レイチェル・ワイズ、ジァイモン・フンスー、ティルダ・スウィントンと、ミニシアター系ファンが喜ぶ曲者俳優も脇を固め、ドラマは手応え充分。悪魔を地獄に帰すテクなど随所に小技が利き、アンチCG映画ファンも思わずニヤリのはずだ。
  大作感にはやや欠けるが、アイデア勝負が楽しい、穴馬的優れもの。この快楽は劇場で見て酔うべし!

[4月2日より東京・シネセゾン渋谷にてロードショー]
[集英社『週刊プレイボーイ』 2005年 No.16  4月5日号]


コーヒー&シガレッツ(2004,米―独―日)
★★★

  友だちの部屋でつい語り明かしてしまい、みんなで入った日曜午前7時のファミレス。頭は朦朧としてるのに眠くない。胃はむかついているのにコーヒーのお代わりを飲みながら、残った最後の一本のタバコに火を点ける……   意外とこんな些細な瞬間に、「生きている」というリアルな感覚はあるのかも知れない。そんなリアルを紡いだ、オムニバス映画の登場だ。
  全11編、各10分程度、すべて白黒の短編群にはすべてコーヒー(1本を除く)とタバコが出てくる。そこにはオフ・ビート感覚の、ちょっと間を外した笑いや驚きがある。何の変哲もなさそうなドラマが、カフェインとニコチンのように、気怠いけどやめられない快楽を醸し出す。
  ロベルト・ベニーニが片言の英語を話しながら、なぜか何杯ものコーヒーを代わる代わる飲む。スティーヴ・ブシェーミはアフロの双子に出会い、とんちんかんなやりとりに面食らう。トム・ウェイツとイギー・ポップは、ジューク・ボックスに自分の曲がないか滑稽に探す。ビル・マーレイはカフェイン中毒のウェイター。ヒスバニック系性格俳優アルフレッド・モリーナと、英国出身で本格化俳優を自認するスティーヴ・クーガンが、尊敬と侮蔑の逆転劇を繰り広げると、今年アカデミー助演女優賞を獲ったケイト・ブランシェットは、面目躍如の一人二役で魅せる……全パート、大スターたちが、長編映画の撮影の合間に、楽屋落ちの寸劇を見せてくれるような楽しみ。パッと見以上にゼイタクな映画なのだ。
  監督のジム・ジャームッシュは『ナイト・オン・ザ・プラネット』以来となるオムニバス映画を、オツな味付けでテンポ良く見せる。そして最後のパートで、人生の真理をかいま見せ、ジワッと温かい感動で全編を締めくくる。
  春だというのにやる気が出ないキミにお薦め。男一人でふらりと見に行き、なにげに元気になれる佳品だ。タバコやコーヒーが苦手なキミも癒されるぞ。

[4月2日より東京・シネセゾン渋谷にてロードショー]
[集英社『週刊プレイボーイ』 2005年 No.16  4月5日号]


ねえ、マリモ(『いぬのえいが』の一編)(2005,日本)
★★★1/2

  実写ドラマからミュージカルにアニメまで、多彩な手段でイヌのかわいさを表現するオムニバス映画『いぬのえいが』。トリを務めるのは『ねえ、マリモ』。物語は少女美香が、死んでしまった愛犬マリモとの思い出を回想し、語りかける。ナレーションは一切なし。美香の思いはすべて、インサートされる字幕で語られる。  美香の役は三人の子役により演じ分けられる。美香とマリモの成長が同時に感じられ、観客はわずかな時間の間に、マリモというイヌの一生に立ち会う。その視点は愛情に溢れていて、イヌに限らず、動物好きなら胸を締め付けられる思いがするに違いない。  そして最後にあっと驚く仕掛けが待ち受けている。こうして締め付けられた胸は、一気に涙と取って代わられる。感涙と救済の瞬間は、映画的奇跡だと言ってよい。

[3月12日より東京・テアトル新宿他全国ロードショー]
[メディア・ファクトリー『ダ・ヴィンチ』 2005年4月号より一部改変]


サイドウェイ(2004,アメリカ)
★★

  30代を迎えたイケメン俳優ジャック。結婚を一週間後に控え、親友で小説家志望のマイルスと、カリフォルニアのサンタ・バーバラへ、独身最後のドライヴ旅行に出発。お目当てはワインの試飲とナンパ。しかしマイルスは食卓ではワインにウンチクを傾け、バーでは2年前に離婚した前妻が忘れられないと愚痴り、ジャックのナンパのお荷物に。ところが二人が絶好のパートナー、マヤとステファニーに出会ったとき。人生は変わり始める。
 『アバウト・シュミット』の監督が、西海岸の光溢れる絶景を舞台に仕上げた、スノビッシュに知的なロード・ムービー。全米では批評家に激賞され、主要な批評家賞をほぼ総なめ。ゴールデン・グローブ賞でも作品賞に輝いた。美しい自然、おいしいワイン、知的な会話と、元来フランス映画のお家芸アイテムを、アメリカを舞台に展開し、ひと味違う新機軸の大人向け映画に仕上がっている。30才を過ぎた男が求める「癒し」を知るのにも格好の一本。

[3月5日より東京・ヴァージンTOHOシネマズ六本木ヒルズ他全国ロードショー]
[メディア・ファクトリー『ダ・ヴィンチ』 2005年4月号]


アビエイター(2004,アメリカ)
★★

  アカデミー賞最有力候補と目されながら、作品賞始め主要な賞をすべて逸した超大作。これは名誉ある敗北というべき。二人が挑んだのは、アメリカ版ホリエモンの伝記映画なのだから!  21才でハリウッド大作映画の自主製作に挑戦した、ハワード・ヒューズ。既存の映画会社やマスコミのイジメを跳ね返し、空前の航空戦が展開する『地獄の天使』を完成。スター女優を次々モノにし、絶頂を極める。  確かにこの前半は魅力に乏しい。レオナルド・ディカプリオは、視線だけで女を落とせる、セクシーな男に見えないし、ハリウッドの内幕もあまりゴージャスに感じられない。  しかし中盤、ヒューズが航空会社TWAを買収すると、映画が輝き出す。第二次大戦中は破産覚悟で、バカでかい航空艇を作る、大プロジェクトをぶち上げる。オレ様ヒューズは自ら偵察機を設計し、テスト飛行の操縦桿を握る。限界を破る速度・高度を実現しながら、偵察機は高級住宅地に墜落。ヒューズ火だるまの炎上場面は迫力満点。  更に後半、ヒューズは民間航空機分野で、欧米を結ぶ大西洋路線参入を企てる。大手航空会社パンナムが、独占を脅かすヒューズを潰そうと、FBIを動かし軍用資金不正使用の疑いで、追いつめてゆくドラマに引き込まれる。  この展開はまさにホリエモン。近鉄を買おうとしてナベツネにイジメられ、ラジオ局に手を出してフジテレビに阻まれる姿にそっくりである。  ここで監督スコセッシは十八番芸の、アブナイ男をサディスティックにイジメる演出を全開。旧体制に単身挑むヒューズの姿は「頑張れ!」と応援したくなる。その一方、画面で苦しむディカプリオの勘違い演技に「ざまあ見ろ、お前にオスカーが獲れるもんか。もっと苦しめ!」とイジメの快感を覚える。こんな分裂した面白みがたまらない。  アカデミー賞という古い体制に挑み拒まれた怪作。これにめげずに頑張れ、ホリエモン…もといっ、ディカプリオ!

[3月26日より東京・丸の内ルーブル他全国ロードショー]
[集英社『週刊プレイボーイ』 2005年 No.14  3月22日号]


ロング・エンゲージメント(2004,仏-米)
★1/2

  20世紀後半のフランスを代表するミステリー作家、セバスチャン・ジャプリゾ。トリッキーな結末に言葉を失う『シンデレラの罠』などの小説だけでなく、映画でも『太陽がいっぱい』の脚色ほか、幾多の傑作を生み出してきた。その晩年の長編小説『長い日曜日』、待望の映画化である。
  第一次大戦末期、5人のフランス兵が軍法会議で死刑を宣告される。彼らは独仏最前線の塹壕「ビンゴ・クレピュスキュル」へ送られ、銃殺よりもむごい「処刑」を受けようとしていた。しかし直後に激しい戦闘が勃発、「ビンゴ」の戦闘は何故か極秘機密とされる。死刑宣告を受けた兵士のひとり、マネクの婚約者マチルドは彼の生存を信じ、私立探偵を雇い捜索を開始。そこには「戦争」というカオスが生んだ、謎また謎が待ち受けていた…。
  とにかく物語が抜群に面白い。近年流行の掟破りな反則ミステリーと異なり、細かいディテールがすべて伏線として謎解きに生きてくるので、一瞬たりとも気が抜けない。塹壕戦の迫力など、目を見張る映像もある。フランス映画界の曲者俳優が演技を競い、見ていて全編退屈しない。
  なのに、終わって欲求不満を覚える。せっかくのドラマが効果的に印象深く頭に残らないのだ。ミステリーの文法を無視して無意味に映像に凝る演出。一方、推理に必要なアイテムの描写は雑。抑えるべきツボを外しまくり、魅力的な物語を殺している。
  これは監督と脚本家の責任だ。監督ジャン=ピエール・ジュネは『アメリ』で大ブレイクしたが、そもそもデビュー作『デリカテッセン』以来、ひらめきやセンスで勝負する作品向き。雑な演出、力不足は凡作『エイリアン4』から進歩していない。脚本も、主演のマチルド役、オドレイ・トトゥの出番を無意味に増やし、話を混乱させる失態ぶり。要するに未熟なのだ。
  いい題材をスタッフがダメにした失敗作。少しは修行してほしいものだ。


[3月11日より東京・丸の内ピカデリー1他全国ロードショー]
[集英社『週刊プレイボーイ』 2005年 No.12  3月8日号]



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