Office NESHA presents movie guide
Apr./ Jun. 1997

目次
(この色の作品は★★★★以上獲得作品です)
レイティングは★★★★★が最高点。
詳細はこちらをご覧下さい

鉄塔武蔵野線
豚が井戸に落ちた日
ファースト・ワイフ・クラブ
北欧映画祭1997(『霊魂の不滅』『ハムスン』『精霊の島』ほか)
ヴィルコの娘たち
フープ・ドリームス
クラム
あこがれ美しく燃え

鉄塔武蔵野線(1997,日本)
★★


(6月28日よりテアトル新宿他にてロードショー)


豚が井戸に落ちた日(1996,韓国)
★★


  韓国映画というと、朝鮮の政治や文化に関心のない人には、ちょっとキツイ、というイメージがある。

  だが80年代末以降にデビューした監督たちは、"韓国"という枠を突き破った面白さや問題意識を見せてくれる。

  もっとはっきり言ってしまおう。今の韓国映画は、日本映画よりずっと、リアリティをもって、迫ってくるのだ。 今週紹介する映画も、エンド・タイトルにハングル文字が出てきて、「あれっ?」と声を上げてしまった。「これ、韓国映画だっただぁ…」

  売れない30代の小説家、そいつと不倫する人妻。ふたりの連絡手段はポケベル。旦那は営業サラリーマン、地方まわりで女買ったら、ゴムが破れて大慌て。小説家に惚れ込んでる若い女は、エロ・アニメの声優バイト。彼女に横恋慕の男は小心者で…

  舞台はソウルだが、東京も大阪も、日本の都市の状況そのまんまだ。

  登場人物がみんな、つまんなそうな顔してる。「なんか、おもしろくねぇ…」って感じが、全編を覆い尽くしてる。

  そんなモヤモヤを、これがデビュー作となるホン・サン・ス監督は『豚が井戸に落ちた日』と名付けた。題名だけ聞くとコメディみたいだが、俺たちが、あえて触れないようにしてる「つまんない現代」をズバッと突く、直球勝負のリアリズム・ドラマだ。

  決して見ていて楽しい映画ではない。でも『Shall weダンス?』や『スワロウテイル』のノー天気さに「なんか、ウサン臭え…」と感じた君は、ぜひ見てほしい。

  どんなにいやらしい面でも、本当のことを真正面から描いた映画を見ると、気分がスッとする。この「真正面から」こそ、今の日本に一番欠けていることだから。

(6月21日、東京テアトル新宿レイトほか、全国ロードショー)

[集英社『週刊プレイボーイ 』No.26, 1997年6月21日号]


ファースト・ワイフ・クラブ(1996,アメリカ)
★★★1/2


  ベット・ミドラー、ゴールディ・ホーン、ダイアン・キートン共演のコメディ――「うぉ〜っ、夢の共演じゃぁ!」と叫ぶ君は、本物の映画ファン。ストッカード・チャニングにマギー・スミスもカラむと聞いて、卒倒しかけてる君は、マジの映画通。「ダレ、その人たち?」とキョトンとしてる君、『ファースト・ワイフ・クラブ』を見ろ!!

  ベットは『ステラ』で見せた人情家の一面を打ち出すオッカサン役。齢を感じさせないキュートなゴールディは、美容整形の連続で若さを保とうと焦る(!)女優役。ウディ・アレンのコメディエンヌとして一世を風靡したダイアンはマザコンで精神分析にかかっている繊細なインテリ女。

  大スター共演につきもののクサみがないのはさすが。「この程度、あたしたちが演れば、チョロイわよネッ!」のノリで、それぞれハマリ役を楽しそうに演じてくれる。

  大学の同級生だった3人が、50歳になり揃って若い女に亭主を寝取られる。ブチキレた3人は、亭主たちに「地球規模の」復讐を開始。「慰謝料なんか取っても、自分がリッチになるだけ。そんなの、意味ないわよ」と、社会を変革する一大計画を進めるのだ。

  このテの話につきものの陰惨さは皆無。3人それぞれの幸福をつかむラストまで、笑って笑って、ハッピーにもなれちゃう。3人が真っ白なスーツ姿で歌い踊る場面では、スクリーンがいつもよりデカク見える。こんなカッコイイ50代の女優がいるなんて、ヤッパ、アメリカってスゴイ。

  映画全体が金ピカに輝いてる、最上のエンタテインメント。完成度は『ダイ・ハード』1本目以来、コメディとしては『ファール・プレイ』以来の傑作!文句なしに今年上半期アメリカ映画、ブッチギリのベストワン。俺はウレシクて涙が出たぞ。ぜえったい、見逃すな。最後にもう一度、この映画、サイコウ!!

(5月31日より日比谷みゆき座ほか全国東宝系にてロードショウ)

[集英社『週刊プレイボーイ 』No.24, 1997年6月10日号]


北欧映画祭1997

  今年上半期の最高傑作『あこがれ美しく燃え』、賛否両論渦巻く『奇跡の海』(●)と、俄然注目を浴び始めた北欧映画。そんな北欧の"今"を一挙に15本上映してしまう『北欧映画祭1997』の開催だ。

  スウェーデン、デンマーク、ノルウェーの三ヶ国はスカンディナヴィアと総称され、言語・文化に類似点が多く、合作映画の製作も盛んだ。

  今回最大の目玉は、北欧が誇る世界最高の巨匠、ヤン・トロエル監督の『ハムスン』(★★★)。実在のノーベル賞作家が、第二次大戦期ナチに利用され、終戦後はスケープ・ゴートとして戦犯扱いを受けた数奇な運命を描く、堂々二時間半の歴史大作。マックス・フォン・シドウの風格ある演技とともに、全世界で絶賛の嵐を巻き起こしている。この大作路線こそ、スカンディナヴィア映画の神髄なのだ。フヌケた『イングリッシュ・ペインシェント』(1/2)にガッカリした諸君は必見。

  フィンランドからは、あのカウリスマキの『浮き雲』が、夏の封切に先駆けて上映される。この最新作でカウリスマキは、現代最も重要な監督となったと断言しよう。

  アイスランドからは『春にして君を想う』で熱狂的ファンを獲得したフレドリクソン監督の『デビルズ・アイランド』(邦題『精霊の島』で1998年12月公開、★★)。これまた第二次大戦直後が舞台だが、フレデリクソンらしい、地味で淡々としながら人情味のある家族劇。

  そもそも北欧はハリウッドができる前から、イタリアと並ぶ映画大国だった。この時期のサイレント映画も特別上映。映画史上の名作『霊魂の不滅』(★★★★★)のファンタジーは、時代を超えて、酔わせてくれる。

  『浮き雲』以外は劇場公開未定の作品ばかり。こんな日本の情けない現状を打破するためにも、定期券買って、会場に通いつめるのだ!

(5月30日、東京国際交流フォーラムを皮切りに、全国巡回上映予定)

[集英社『週刊プレイボーイ 』No.23, 1997年6月3日号]


ヴィルコの娘たち(1979,ポーランド-仏)
★★★★


 「あの時、ああしていたら、俺の人生、変わっていたかも…」誰しもそんな思い出のひとつはあるだろう。だが、やり直す機会が与えられたとして、本当に、もっと賢明な選択ができるのだろうか?

 『ヴィルコの娘たち』の主人公ヴィクトルは、世のため人のために充実した人生を送ってきた。中年にさしかかり、病気療養のため、かつてひと夏を過ごした田舎の、ヴィルコ家へと向かう。青春の日に美人姉妹と、淡くも激しい恋を燃やした思い出の地に。

  ヴィクトルが齢をとったように、ヴィルコの娘たちも疲れ果てていた。横暴な夫の下堪える女、離婚した出戻り女、放埒な浮気を繰り返す女、そして彼が最も愛したフェラは不帰の人となっていた。

  娘たちは帰り来ぬ日々を取り戻そうとするように、ヴィクトルの前で乙女のように心を波立たせる。それに応えようとしながら、踏み出せないヴィクトル。ためらいは時の壁を前にしての諦めなのか。

  そんな彼の前に、フェラに生き写しの若き末娘、トゥニャが現われる。彼女は大人の男の魅力をたたえたヴィクトルを純粋に愛し始める。人生に倦み始めたヴィクトルに、最大のチャンスが訪れるが…

  そう、これは『惑星ソラリス』『シェルタリング・スカイ』の系列に連なる、身を切られるような愛と無力と、絶望の物語だ。

  トゥニャを演じたフランスのクリスチーネ・パスカルは、この映画で世界的名声を獲得。監督業にまで進出しながら、昨年謎の自殺を遂げた。その事実が映画の重みを深めることとなった、運命の皮肉…

  最近作『聖週間』で70歳の監督とは信じられない瑞々しい映像を見せた、アンジェイ・ワイダの絶頂期、79年の作品。この二重の悔恨の物語に溜息を洩らす君は、大人だ。

(5月17日より岩波ホールにてロードショー)

[集英社『週刊プレイボーイ 』No.22, 1997年5月27日号]


フープ・ドリームス(1996,アメリカ)
★★1/2


  時代を代表する記録映画が10年に1本の割合でアメリカから現れる。80年代にはシアトルから、グランジの到来を予言するようなストリート・ムービー『子供たちをよろしく』。そして90年代はシカゴ発、ヒップホップな『フープ・ドリームス』で決まりだ。

  NBAに憧れるふたりのアフロ・アメリカンの少年。14歳の彼らが、バスケの名門ハイ・スクールにスカウトされてから4年余り、その挫折と栄光を追い続ける。

  2時間49分というと尻込みされそうだが、テレビ向け映像をタイトに絞り込んで作っただけに、たるんだ箇所は全然ない。人生で最も多感で重要な4年間を、ふたり分体験するには短すぎるぐらいだ。

  名門校で初めて知る自分の限界、それを越えるための挑戦、スポーツにつきものの怪我とリハビリ、有色人種ゆえの苦悩、貧困、そしてSEX、ドラッグ…すべてが横一線に並んで展開する。キレイごともタブーもなし。

  ふたりは対照的な人生を歩み、夢を現実にすることの痛みを抱え、それぞれ最終学年の州大会予選にすべてを賭ける。ラスト1時間に渡る試合の映像に、青春のハングリーさとプライドが火花と散る。 全編を貫く音楽は、名プロデューサ、ベン・シドランのスコア。ジャズからブラコンまでボーダーレスに縦断する軽快さがたまらなく熱い。

  往年の名作『炎のランナー』を彷彿とさせる感動のうちに、アメリカの病を描き出した注目作。逆境を跳ね返す少年たちの姿は、生きる勇気を与えてくれる。やはりフィクションより、本物の人生の方がドラマティックだ!

(5月10日よりシネ・アミューズにてロードショー)

[集英社『週刊プレイボーイ 』No.16, 1997年4月15日号]


クラム(1995,アメリカ)
★★


  ロバート・クラム。コミック『フリッツ・ザ・キャット』の作者として有名な、60年代ポップ・アートの神様。だが彼は、60年代カルチャーが大嫌いだった!

  ジャニスのアルバム・ジャケットを手がけながら「ロックはただの騒音だ」と30年代ジャズのディスクを漁り、「アメリカよりはましだろう」と、遂にフランスに移住してしまう偏屈オヤジ。その素顔にとことん付き合ったドキュメンタリーが『クラム』だ。

  彼には少年時代、才能、人望共に彼を上回る兄がいた。その兄が世捨て人のインテリに成り下がり、同居の母と揃って精神安定剤中毒と、最悪の人生。一方で自分は時代のヒーローになった。

 「ひとりのモーツァルトの下には、百人の埋もれたモーツァルトがいる」という名言がある。兄ではなく自分が有名になったのは、ただのフロックに過ぎない―クラムの目はそれを見抜いている。

  彼は気紛れなトレンドを憎み、復讐として猫のフリッツを作品のなかで殺した。それでもカリスマとして祀り上げられ、作品が美術館にまで展示されるようになった。

  どんなに大衆を嫌っても、自分の生活は、その大衆に支えられている。信じることができないものに保護される皮肉―それを抱えて、クラムの孤独は一層つのってゆく。

  メディア・大衆が発する絶賛の言葉に呑み込まれることなく、道化を演じながら、苦痛とも冷笑ともつかぬ表情を浮かべるクラム。彼の存在そのものが、二〇世紀後半の陰を顕にする。

  ウォーホールがポップ・カルチャーの光ならば、クラムは陰だ。屈折を深めた芸術家の視線が、この春、トレンド病患者たちのハートを射抜く。

(5月10日より、ユーロスペースにてロードショー)

[集英社『週刊プレイボーイ 』No.18, 1997年4月29日号]


あこがれ美しく燃え(1995,スウェーデン他)
★★★★1/2


 「成長する」「大人になる」という言葉が死語に等しくなってしまったのは、いつごろからだろう。

  夢を追うのもいい。愛を求めるのもいい。でもいちばん大切なことは、自分がよりよい人間になってゆくことなんじゃないか?

 「あこがれ美しく燃え」は児童映画の宝庫として名高い、北欧はスウェーデンの作品。舞台は第二次大戦中の国境の町マルメ。15歳のスティグは性に、遊びに好奇心旺盛の普通の少年。彼の前に美しい新任教師が現れる。

  ありがちの設定は、少年の夢が叶ってしまう―女教師と結ばれたときから、予想外の展開を見せる。彼女は人妻なのに、大胆に自宅でスティグとデート。何も知らない夫は妻の教え子と仲良くなり、音楽の歓びを分かち合う。一方スティグは同世代の女の子ともしっかりできてしまう。

  そんなバラ色の人生が、粉々に打ち砕かれる。夢を実現した代償として、少年は世の中の汚さ、ずるさを味わい尽くすことになる。

  そんな苛酷な現実を、この映画は糾弾しない。叫ばない。「世界とは、そういうものだ」という、高度で懐の深い知性で、スティグに厳しくも、あたたかいエールを送り、全編を締めくくる。

  人生は永遠に未完成の物語だ。北欧の児童映画は子供を甘やかさない。「大人になれ! 生きろ!」と、すべての人々に応援歌を送り続ける。

  混迷という言葉だけが空回りするいま、全世界のあらゆる人々に、生きる価値と意味を静かに語ってくれる名作。私たちはこの映画の登場をずっと待っていたのだ。

(4月26日より、シャンテ・シネ2にてロードショー)

[集英社『週刊プレイボーイ 』No.17, 1997年4月22日号]



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