Office NESHA presents movie guide
Jun./Jul. 2000

目次
(この色の作品は★★★★以上獲得作品です)
レイティングは★★★★★が最高点。
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千と千尋の神隠し
A.I./夏至
点子ちゃんとアントン
ダンス・オブ・ダスト

One Point Critics
パールハーバー/PLANET OF THE APES 猿の惑星



千と千尋の神隠し(2001,日-米)
★★★1/2

  本当にうれしい。理屈抜きで、心から「面白かった!」と叫べる宮崎アニメが久しぶりに誕生した。

  これは少女版『天空の城ラピュタ』とも言うべき、夢と冒険の大活劇である。

  最初の40分は、『もののけ姫』を少し引きずっている。暗い雰囲気と、過剰なまでに描き込まれた背景が、胃にもたれ気味。妙に日本を強調したキャラに、引いてしまう人もいるだろう。

  しかしヒロイン千尋が、不思議の世界で生きて行く決心をしてから、映画は俄然活気づく。最近の宮崎作品に欠けていたお笑い、おとぼけ、カワイさが満開となる。

  そこにアニメ・オタクの比喩であるカオナシや、身勝手な親に育てられる子供の象徴、ボウなどの風刺的キャラが無理なくからみ、物語が密度を増す。

  監督は日本アニメ文化の現状へ批判を放ちながら、今回は怒りに髪を逆立たせない。現代の少年や若者にも、許しと未来を描き出す。

  ここには善悪もなく、メカも武器も登場しない。千尋はおにぎりのおいしさに涙を流し、魔力の根源を文字通り踏ん付けてしまう。

  千尋の最初の硬い表情が徐々にゆるんでゆくとき、監督の真の狙い、「戦いのない冒険ファンタジー」という、前代未聞の世界が広がってゆく。   圧巻はラスト40分の劇的大転換。過去30年間、日本のファンタジー・アニメを縛り続けてきた「光と闇」の二元論を克服する、怒濤の快進撃が始まるのだ。

  宮澤賢治も真っ青の「鉄道」の旅。『オズの魔法使』を越える暖かさとやさしさと切なさ。ディズニーが歯噛みして悔しがりそうな、未曾有のイマジネーションが爆発する飛行シーン。謎の少年ハクの正体が判明する瞬間の衝撃。魂は涙をこぼし、全身は歓喜の渦のなか震えまくるだろう。

 『風の谷のナウシカ』以来の恩讐を克服した、新生宮崎駿、勇気と希望の伝説がここに始まった。

  宮崎さん、よくぞ復活してくれました。お帰りなさい!

(7月20日より、日比谷スカラ座他全国東宝洋画系にてロードショー)

[集英社『週刊プレイボーイ』No.31,2001年7月31日号のオリジナル原稿]


A. I.(2001,アメリカ)
★★★1/2
夏至(1999,フランス-ヴェトナム)

★★★

  スピルバーグの冷たくも切ない傑作SF『A.I.』を皮切りに、2001年夏の大作戦争が始まった。

  戦争状態なのは大作ばかりではない。ミニシアター作品群も、6月下旬から7月封切に傑作が集中。いずれも質が高く、容赦なしのサバイバル合戦の様相を呈している。

  むしろ作品のバラエティから言えば、ミニシアターの方が激戦区。見逃せないものが揃っているようだ。

  フランスに生まれ育ったヴェトナム系二世監督、トラン・アン・ユンの長編第三作『夏至』は、瑞々しさと成熟を併せ持った、美しい一本。夕立の後の涼風のような爽やかさが心地よい。まさに夏に見るのにもってこいの作品だ。

  現代ヴェトナムのハノイに暮らす美人三姉妹。子供の世話をしながらコーヒーショップを切り盛りする長女、幸せな結婚に満足している次女、成熟した肉体に似つかわしくない幼い性格の三女。

  モンスーン地帯に咲く大輪の花のような三人には、それぞれ誰にも言えぬ、秘密があった。そしてその夫たち、恋人たちにもやはり秘密がある。

  長女には、不倫の恋人がいて、決して言葉を交わさずに、心を通い合わせる。その夫は人里離れたボート・ハウスに「もう一つの家族」が帰りを待っている……こんな愛のエピソードの数々が、ハッとするような鮮烈な印象を残す。

  人間の美しい感情が、一つ間違えばエゴイズムの垂れ流しになると、トラン監督は的確に捉えている。しかしそんな人々を、監督は裁かない。

  どんな状況の中でも美しいものを信じ、前向きに生きてゆこうとメッセージを発する。ラストの大詰めで、三姉妹が同時に秘密を打ち明けようとする瞬間。それが一転して笑い話に落ち着いてゆく様子は、とてもすがすがしい。

  アジア風エスニック・テイストの美しい三姉妹お目当てで見に行くも良し。帰る頃には、少しだけ自分が大人になった気持ちになれるだろう。現代にこんな前向きな映画が作れることは、貴重な才能と努力の成果である。

(『A.I.』6月30日より、渋谷パンテオン他全国東急・松竹洋画系にてロードショー)
(『夏至』7月14日より、Bunkamura ル・シネマにてロードショー)

[集英社『週刊プレイボーイ』No.29,2001年7月17日号]


点子ちゃんとアントン (1999,ドイツ)
★★★★1/2

  物騒な事件が続発する今日この頃。「なんか、心がすっとするような、幸せなものはないかな」と思っているキミに、文句なしに推薦できる作品がやってきた。

  これこそディズニーの『白雪姫』や、スピルバーグの『E.T.』にも匹敵する名作。人間の心の中にある明るさと勇気を描き、現代に大らかに肯定する、全人類への贈り物なのだ。

  70年以上前にドイツで書かれた児童文学の映画化。だが、文部省選定映画にありがちな、「大人が考える、よい子のお話」とは正反対。原作を思い切って書き替え、善意の押し売り的な物語を批判しながら、生きてゆく歓びと楽しさを謳い上げる、離れ業をやってのけている。

  ディズニーですら、子供向けの良作を作ることを投げている今日、これはすごいことだ。年齢性別を問わず、9才の主人公、点子とアントンのワクワクする身近な大冒険に、笑ってハラハラして、涙することを保証する。

  幼いアントンは本物のライトバンを駆って、アウトバーンを疾走し、点子はベルリンの薄汚れた地下街を、ミュージカルの舞台に豹変させてしまう。

 そう、これは誰もが一度は見たことのある、子供の頃の夢を、片っ端から実現してくれる映画。しかも宇宙人もコンピュータも出てこない「毎日がこんなだったら、楽しいのにな」というあこがれが、実写で見られることに、随喜の涙が溢るばかり。映画を見て、こんなに幸せが実感できるのは、珍しいことだ。

 「昔はみんな、子供だった」なんていう、大人になれない奴らの戯言なんか、必要ない。失業問題や貧富の差、片親家庭といった現実をしっかり捉えながら、嘘臭くないハッピー・エンドまで。見ていてうれしさで顔が弛みっぱなし。

  子供が嫌いなキミだって、きっと思わず「やった!」と叫んでしまう。デートに良し、ひとりで見てまた良し。TDLやユニバーサル・スタジオを越えた、夢と興奮と幸せの世界に、乗り遅れるな!

(6月30日より、恵比寿ガーデンシネマにてロードショー)

[集英社『週刊プレイボーイ』No.27,2001年7月3日号]


ダンス・オブ・ダスト (1992/98,イラン)
★★★★

  どんなに素晴らしい映画でも、現実に見る夕焼けや木のそよぎには負ける。本当にすぐれた映画は、現実世界への感謝と尊敬にあふれている。そして見るものに、世界を見る新たな視点を示してくれる。

  だからすぐれた映画は、時に現実に絶望した人の魂を救うこともある。生きることを肯定し、見失っていた自然や世界の美とか、自分の純粋な心を呼び覚ましてくれる。

  この映画は、少年版『ミツバチのささやき』とでも言いたい作品だ。イランの煉瓦工場近くに暮らす少年が、孤独の中、新しい自分と出会うまでの物語である。

  煉瓦工場にやってくる季節労働者には、さまざまな人種がいて、まるで外国人同士のように、お互い言葉すら通じないことも多い。少年はそんな中の一人の少女に恋をする。 恋をして少年は孤独になる。幼い恋心は誰にもうち明けられない。いや、少年はそれが恋だとすら自分で分かっていないのかもしれない。はっきりしているのは、少女とは言葉が通じないという事実だけ。

  ただ一人、少年は世界を見る。自分でも表現できないもやもやした思いを抱えて、ますます孤独になる。この少年は、角度によっては女の子に見える。利害関係やエゴイズムのない、最も純粋な孤独と苦悩がそこにはある。

  少年を取り巻く優しくも過酷な自然が圧巻だ。頬をなでるそよ風から、人間の営為を押し流す大雨まで、すべてが見ていて胸に滲み入る。

  そしてラストに待ち受ける感動。労働者たちが去った後、少年に訪れる解放の瞬間は、癒しを越えて、救いの感覚すらもたらしてくれる。

  73分、字幕なし。言葉を越えた、哲学とすら呼びたい深い余韻を残す。

 「どう生きていったらいいか分からない」「いっそ死んでしまいたい」と思っているキミなら是非見て欲しい。一生忘れられない感動に出会えるだろう。そうでないキミも、映画の底力を体験するべく、劇場に足を運ぶべし。

  楽しいばかりが映画じゃない。苦しいばかりが人生ではないように。

(6月24日より、テアトル池袋にてロードショー)

[集英社『週刊プレイボーイ』No.25,2001年6月19日号]


One Point Critics
パールハーバー(2001,アメリカ)
★1/2

「テレビで見ても迫力は同じだと…」

  退屈しないが、面白いわけではない。物語と演出はテレビの特番ドラマと同レベル。話題のCGによる戦闘シーンは意外とチャチで拍子抜け。「国辱」と問題になっている日本人の描写も、よくあるパターン。ムキになって批判する必要はないけれど、薦めたい見所もない。ビデオになるまで待ってもよいのでは?

[東京ニュース通信社『テレビブロス』2001年8月1日号]

PLANET OF THE APES 猿の惑星(2001,アメリカ)
★1/2

「猿ものリメイクは鬼門か」

 8年の企画難航ぶりを引きずったような凡作。SFXと特殊メイクは見せるが、脚本が笑えないほど雑で、さすがのティム・バートンもお手上げモード。美術も撮影も「やる気あるのか!」と叫びたいほどの惨状。昔日ののラウレンティス製作『キングコング』を思い出した。新星エステラ・ウォーレンの美しさだけが収穫。
[東京ニュース通信社『テレビブロス』2001年8月15日号の第一稿]





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