目次
(この色の作品は★★★★以上獲得作品です)
レイティングは★★★★★が最高点。
詳細はこちらをご覧下さい
奇人たちの晩餐会+白 THE WHITE
+ブレア・ウィッチ・プロジェクト
ラスベガスをやっつけろ
御法度
ワイルド・ワイルド・ウエスト
風が吹くまま+ファイト・クラブ
ヘンリー・フール
橋の上の娘
elles エル
一方、正月のアクション・スペスタクルとして『白 THE WHITE』が図抜けている。異色の経歴を持つ平野勝之監督が、自ら冬の静岡から北海道へと、単独自転車旅行を敢行する。
チャリンコにビデオ・カメラを括り付けて、吹雪が風と共に忍び寄るアスファルト道路や、凍結した路面をスリップしてゆく車輪、ついにはレンズに降り積もってゆく雪まで撮ってしまう。
大自然の猛威に一個人が向き合う恐怖感、凍てつくような空気が、客席を襲う。スノーボードで上級者スキーヤーのコースに迷い込んだような怖さに、冷汗が吹き出す。
プロはこういう映像を撮らない。レンズに雪を積もらせたら、高価なカメラがぶっ壊れるから、御法度なのだ。
平野は廉価な家庭用軽量Hi8カメラを使い、タブーを破った。この開拓者精神が、『クリフハンガー』も裸足で逃げ出す、圧巻の映像を実現した。ビデオが初めて可能にした「劇場用映画」だ。
『マトリックス』など、デジタルCG全盛の陰で、去年は高嶺剛の衝撃作『夢幻琉球・つるヘンリー』が、ビデオ作品として劇場公開された。また、全編の大半をデジタル・ビデオで撮影した『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』がフィルムに変換され全米大ヒットと、新しいカウンター・シネマ・カルチャーが、ビデオと映画の境界線を壊しつつ、動き始めた。
ビデオ―フィルムを「映画」に結実しようとする動きは、今後一層、盛んになるだろう。
(『奇人たちの晩餐会』12月25日よりシブヤシネマソサイエティにて、『白 THE WHITE』12月18日より2月4日までBOX東中野にて、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』12月23日より渋谷パンテオン他全国東急・松竹洋画系にてロードショー)
[集英社『週刊プレイボーイ』Nos.3/4,2000年1月18日-25日号に一部修正]
ラスベガスをやっつけろ(1998,アメリカ)
★★★1/2
フェリーニ、キューブリック亡く、エネルギッシュでパワフル、イマジネーション豊かな映画がめっきり減った世紀末に、テリー・ギリアムがやってくれた!
『ラスベガスをやっつけろ』は、ギリアムが久々、「モンティ・パイソン」時代からの本領を発揮した毒ガス弾だ。
「神が創造をしくじった年」71年のアメリカで、実在のカリスマ・ジャーナリスト、ハンター・トンプソンが、アメリカン・ドリームとフラワー・チルドレン運動を、手当たり次第に破壊しまくる、奇想天外のロード・ムーヴィー。
ハンター役のジョニー・デップはオヤジハゲの頭に眼鏡をかけ、世界中の女性ファンを唖然とさせる。弁護士を演じるベニチオ・デル・トロはロバート・デ・ニーロ真っ青の三段腹デブ。オープン・カーで、アメリカの荒野から、?夢と欲望の街?ラスベガスに突撃。ドラッグとアルコールを武器に暴発しつづける。
SFXを使った幻覚シーン、レトロとサイケが錯綜する色彩感覚にカメラ・ワーク、次々と展開する悪魔的ヴィジョンの洪水は、『未来世紀ブラジル』の監督、本領発揮。最近の雇われ監督仕事で溜まったウップンを一気に晴らすがごとき、絶好調。
キャメロン・ディアス、クリスティーナ・リッチ、エレン・バーキン、ハリー・ディーン・スタントンといったスターや曲者俳優を、惜し気もなくムダ遣い。映画はひたすら「てめえら、このウソッパチ野郎ども!」の一言を、国家と社会と観客にぶつけるために、増殖しつつ炸裂する。
イギリス中心に活動していたギリアムが、母国アメリカにお礼参りを遂にやってのけた、ドデカイ傑作。この映画の前では『トレインスポッティング』も優等生の模範解答、『マトリックス』もコミケの同人誌、『ファイト・クラブ』もインターネットのオタク・サイトにしか見えない。
問答無用、自己弁護一切ナシ。「映画は爆発だ!」の衝撃と、歪んだ時代を射抜く鋭敏な知性の見事な結晶。くたばれ、drug, sex and rockn'roll、くたばれ、ミレニアム!!
(12月18日より、シネスイッチ銀座にてロードショー)
[集英社『週刊プレイボーイ』No.50,1999年12月14日号]
御法度(1999,日本)
★★
大島渚、13年ぶりの新作。と言っても、『日本の夜と霧』騒動も、『愛のコリーダ』のスキャンダルも、『戦場のメリークリスマス』のヒットも知らないキミにとって、「世界のオオシマ」はただのテレビタレントだろう。
それも無理はない。もともと大島渚は自分のスタイルを持たず、時流に乗った映画ばかり作る監督なのだ。たまたまツボにハマると傑作、外すと見るも無惨であった。
だから司馬遼太郎を原作に『御法度』を作ったからといって、新選組の血沸き肉躍るドラマを期待してもお門違い。
これはビートたけしの土方歳三を見るための映画だ。
個人的にツービート時代からたけしは大キライ、監督作は全部ワーストに入れてきたが、この映画の「俳優ビートたけし」だけはいい。
新選組が、農民上がりの、いきなり武士になったヤサグレ者の集団だったことを、たけしは具現している。「新選組は、人を斬るための集団です!」と強い口調で言う瞬間は、過去のどのたけしよりも、存在感と説得力がある。
映画自体は「不慮の美しさに襲われたとき、男社会の組織は破滅する」というテーマを描くことに成功はしている。
だがその図式が見えすぎるところが、相変わらず頭でっかちな大島の限界だろう。
そう考えると、新選組も大島もたけしも、いつまでたっても大人になれない、情けないヤツラである。
彼の映画で今も古びず、生命を失っていない傑作は『太陽の墓場』(★★★★★)『絞死刑』(★★★★1/2)『愛のコリーダ』(★★★★★)。この3本は"見ておきたい大島"だ。
(12月18日より、丸の内プラゼール他全国松竹系にてロードショー)
[集英社『週刊プレイボーイ』No.50,1999年12月14日号]
ワイルド・ワイルド・ウエスト(1999,アメリカ)
★★★
群雄割拠、混線模様の2000年正月映画。なかでも安心してお薦めできるのが、『ワイルド・ワイルド・ウエスト』。『MIB』のチームが放つSFX西部劇だ。
西部劇とは名ばかりで、テイストはまったくアメリカン・コミック調。『MIB』では子どもダマシに傾き失敗したトーンが、今回はレトロ感覚とヒップなテンポがうまくマッチ。"年忘れオールスターSFXプラス筋肉番付大会"風、ケッサクな冒険コメディに仕上がっている。
今回ウィル・スミスの相棒は、トミー・リー・ジョーンズに変わって、ケヴィン・クライン。冒頭から十八番の女装をカマシ、キッチュな発明家ぶりは、ウィルのノリと絶妙のハーモニーを見せる。
物語は凸凹コンビ対合衆国分割を狙うマッド・サイエンティストの戦い。互いに手作り感覚満載の珍発明品を駆使して、追跡戦を繰り広げる。
画面に登場する発明品の数々。からくりだらけの蒸気機関車、磁器を利用した殺人マシン、人力飛行機にメカ・スパイダーと、特撮マニアがよだれを垂らす代物ばかり。
これは東宝特撮より、『アルゴ探検隊の大冒険』のレイ・ハリーハウゼンの世界に近い。「動かないはずの物が動いてるっ!」という、活動写真の原点のワクワクと、最新SFX技術の幸せな出会いに、"特撮"の醍醐味を満喫。
しかも、車椅子に乗ったマッド・サイエンティスト役がケネス・ブラナー! 文芸作では「オレはローレンス・オリヴィエの再来だぁ」と勘違いオーバー・アクトに辟易だが、今回はそれがズバリ、ハマッてる。久々、心の底から「にくったらしいっ!!」と思える悪役の登場だ。彼の取り巻きに『北京のふたり』のバイ・リンや、ヨーロッパのクール・ビューティたちを配した辺りもウレシイ。
その上で「体が不自由な人間を、汚い手で攻めてはいけない」「男は女を殴ってはいけない」など、古き良き西部劇のお約束ごとをぜえんぶ守って、敵を倒す脚本は見事。
1時間46分と程よい長さで、手軽に楽しませてくれる、これぞ正月向けにドンピシャの、ワザありイッポンである。
(12月4日より、渋谷パンテオン他全国松竹・東急洋画系にてロードショー)
[集英社『週刊プレイボーイ』No.48,1999年11月30日号]
風が吹くまま(1999,イラン-フランス)
★★1/2
ファイト・クラブ(1999,アメリカ)
0(●と1/2の間)
男の不感症とアイデンティティ崩壊を、皮肉なユーモアたっぷりにエゲツナく描いた小説『ファイト・クラブ』は痛快な作品だった。
これが『セブン』のデヴィッド・フィンチャー監督、ブラッド・ピット主演コンビで映画化されたのだが、暗い情念が押しつけがましく渦巻くだけ。
「自分たちの世代を、誰も分かってくれない!」と叫ぶのはいい。しかし、原作小説のユーモラスなムードを切り捨て、血ヘドが出るまで人間を殴り、街を片っ端から爆破する過程を、クソ真面目に撮っている姿勢には、オウム真理教や酒鬼薔薇に通じる不気味さと不快感がつきまとう。K-1のビデオでも見てるほうが、ずっと楽しい。
逆にイランの巨匠、キアロスタミの最新作『風が吹くまま』は、明るさが身上の快作である。
クルド人居住の田舎に、テレビ・クルーが地元の珍しい葬儀の取材に来た。だが肝心の老婆がなかなか死なない。人が死ななきゃ葬式もない! 都会人のディレクターは、携帯電話が鳴る度に、電波が届く丘の上まで車で疾走。村ではよく分からないことばかり起こり、てんやわんやの大騒ぎ。
決して目新しい話ではないが、写真家としても知られる監督の、シャープで明るい映像と、少し抜けたユーモアが、とても気持ち良いのだ。
娯楽大作が暗くて陰湿、芸術映画が明るく楽しいとは、好みの問題では済まされない問題だと思うのだが……
(『風が吹くまま』12月4日よりユーロスペースにて、『ファイト・クラブ』新春第一弾、日比谷映画他全国東宝洋画系にてロードショー)
[集英社『週刊プレイボーイ』No.47,1999年11月23日号]
ヘンリー・フール(1998,アメリカ)
★★★1/2
大作でも話題作でもない。ベスト・テンに食い込むような映画でもない。でもなぜか見たあと何年も、心の片隅に残っている映画。誰かと話していると、その映画が好き、というだけで、友だちがひとり、増えてしまう映画がある。
名画座が傾きビデオ全盛のいま、この手の「大切な映画」は、陽の目を見るのが難しくなっている。
『ヘンリー・フール』はまさにそんな映画。大声で騒ぐのは相応しくない。「見てくれ」とそっと言うのがいい。
ヘンリー・フールとは、なんと人名である。イワンの馬鹿も真っ青の、とんでもない名前の男が、アメリカの小さな町にやってきたとき、すべては始まる。
「アホのヘンリー」は口先八丁の大ボラ吹き。どうやら曰くつきの男らしい。ブルー・カラーのトロい若者、サイモンを丸め込み、まんまと住みかを手に入れる。
そこから意外なドラマが始まる。鉛筆に紙とインターネット、図書館の本とCNN、ハイ・スクールの壁新聞とノーベル賞。時代遅れの極みと、ハイテクやマス・メディアが、ふたりのまわりで、皮肉でトボケたロンドを繰り広げる。
90年代流行のストリートものの荒みもなく、「社会の底辺の人々が片寄せあって」風の甘えもない。冬の乾いた空気のなか、澄み切った映像が、愚かな人間と社会の姿をカラッと見せる。
そしてラスト20分に待っているドンデン返し。市井の人々のユーモラスなコメディが、大空にはばたくファンタジーへと昇華する瞬間に、理屈を越えた感動が待っている。
監督はかつて『ニューヨーク・ラブ・ストーリー』『トラスト・ミー』で、「チンピラがカタギになる苦労は美しい」と高らかに謳い上げたハル・ハートリー。フランスの理屈っぽいヤツらに持ち上げられ、スランプが続いていたが、アメリカに戻り完全復活。ひとまわり大きくなった、やさしい硬派の世界、全開だ。
この映画、東京では、良くも悪くも一時代を築いた劇場の、閉館最終作として上映される。的を射た選択だ。『ヘンリー・フール』は、未来へと開かれた映画なのだから。
(11月6日より、シネ・ヴィヴァン六本木にてロードショー)
[集英社『週刊プレイボーイ』No.46,1999年11月16日号]
橋の上の娘(1999,フランス)
★★
『白い婚礼』『エリザ』でカルト的人気を誇るヴァネッサ・パラディも、もう27歳。私生活ではジョニー・デップの娘を今年出産。映画も最新作『橋の上の娘』が正月日本公開になる。
意外やこれが5本目の出演作。今回彼女が演じるアデルは、男に惚れっぽく、すぐにエッチしてしまい、捨てられては傷つく。確かに過去のトンガッたキャラからは一八〇度の転換。だが「甘えん坊でナイーヴなギャル系」の役は、かえって日本のヴァネッサ・ファンにはソソられる。
そんな彼女は我が身の不運を嘆き、橋から身投げしようとして、サーカスのナイフ投げ、ガボール(ダニエル・オートゥイユ)に助けられる。
「キミは最高のナイフ投げの標的だ」この一言でアデルの人生が一転。高級リゾート地を次々まわり、と共に観客の喝采を浴びるヒロインへと変貌を遂げる。
アデルを演じるヴァネッサの表情がどんどん子どもになってゆく。着せ替え人形のように、くるくる衣裳を替えて表れるのは、ほとんどフランス版コスプレ。『髪結いの亭主』など、男のエゴイスティックな純情を描くと冴える、パトリス・ルコント監督の面目躍如である。
全編の白眉は、誰も見ていない田舎駅の廃舎で、ふたりが究極のナイフ投げに挑戦するシーン。白黒の映像、ナイフの飛ぶ迫力の音響、そしてヴァネッサの恍惚の表情……これは『ベティ・ブルー』も裸足で逃げ出す、"命懸けのSEX"なのだ。
いずれにせよ、あの折れそうな肉体と大きな瞳は健在。そのフィジカルの魅力が、『橋の上の娘』の原動力であることは、疑いがない。
(2000年新春、Bunkamuraルシネマにてロードショー)
[集英社『週刊プレイボーイ』No.46,1999年11月16日号原稿を一部削除の上up]
elles エル(1998,ポルトガル-仏-ベルギー-ルクセンブルク-スイス)
★★
SPEED解散が大新聞で取り上げられるほど、ロリ・ブーム定着の感がある日本。
でもキミは「30年後、島袋寛子がどうなってるか」と想像したこと、あるか? 人間生きてる限り、いつかは歳をとる。キミが運よくヒロコや鈴木あみと結婚できても、彼女たちだって必ず40、50になる。その時、小柳ルミ子みたいになってる可能性も……
本物のイイ女は、何歳になってもイイ女。この定理を体感するのに持って来いなのが『elles エル』だ。
映画自体は、当節流行の物語なのだが、キャスティングがスゴイ。ミウミウ、マリサ・ベレンソン、マルテ・ケラー、カルメン・マウラ、映画初出演の舞台女優ゲッシュ・パティと、フランス、アメリカ、ドイツ、スペイン、イタリアから、一世を風靡したヨーロッパを代表する美人女優たちが一同に会し、いま女どもの間で人気の観光地、リスボンを舞台に繰り広げる、「美しき40代」のワールド・カップだ。
アメリカ映画だと、「虐げられた女たちが、手を取り合って」的、ウェットなウザッタさが出るのだが、さすがヨーロッパの女は違う。
友だちの息子とエッチしちゃったり、恋人の男を夜中に部屋から叩き出したり……深刻なテーマも、大人の魅力と元気で解決。その姿は痛快で気持ち良い。
若い男としては、彼女たちから好みのタイプを選び出し、若い頃のビデオを見るのが良い。本当にイイ女を見抜く眼を育てるのに格好の作品だ。
ミウミウは『バルスーズ』と、クール・ビューティぶりが良い『夜よ、さようなら』。マリサ・ベレンソンは『バリー・リンドン』より『ベニスに死す』と『キャバレー』を。マルテ・ケラーはアル・パチーノ共演の悲恋もの『ボビー・デアフィールド』と傑作アクション『ブラック・サンデー』。公開作の少ないカルメン・マウラは『神経衰弱ぎりぎりの女たち』か。
(11月6日より、Bunkamuraルシネマにてロードショー)
[集英社『週刊プレイボーイ』No.45,1999年11月9日号]
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